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2005.04.10

人間は関数である

 だから何が言いたい!様の「鉄腕アトムへの道---自分で考えるロボット」を読んで、ふと自分が以前から思っていることを書かせていただきたくなりました。

 私がオリジナルの考え、ではないはずですが、“人間の思考”を人工的にどう再現していくかというと




「人間は関数である」




 という原則に行き着くと思いませんか?

 中学校で習った関数ですが、平たく言えば“Aという値(引数)を与えた時にBという値(戻り値)が返ってくる”というものです。

 皆さんが現在使っているパソコンはその集合体なんです。

  • パソコンのスイッチを押した
    起動中なら終了 起動していなければ起動
  • ブラウザのリンクをクリックした
    リンク先のホームページを表示
  • キーボードのキーを押した
    文字を表示 もしくは 割当てられたメニューを実行

 この考えを人間に当てはめてみましょう。物理的な反応は分かりやすいですよね。

  • 腕というデバイスに針を刺した
    ある値を超えた場合、“痛い!”という反応(戻り値)を返す
  • (座った状態で)膝の下のとある部分を軽くたたく
    膝から下を上へ動かす

 こう見ていけば、困難とされている“心”の表現についても同じ考えが適用できると思います。

  • 知っている人の死
    悲しい(そこから物理的な反応を派生)
  • 欲していたものの入手
    喜び(そこから物理的な反応を派生)

 心というのは様々な比較をしながら最終的な反応(もしくは行動)を導きだす複雑な関数の集合体と言えないでしょうか。そして、その関数の比較原則はただ一つです。




比較した上で最も“快”が得られる判断を選択




 たとえば、ジュース1本を購入するのであっても、

  • 手に入れて渇きを癒す“快”>お金を使わずにがまんできたという“快”

 という計算がそこにはあるでしょうし、電車に座って乗っていてお年寄りが前にたった時、

  • 譲って感謝される(もしくは自分の良心に従った)“快”>断られてもかまわない“快” もしくは 座っていられる“快”

 といった計算(比較する内容は人によって異なる)がありますよね。

 人間という生き物はこれまでのような、骨があり筋肉があり血液があって…という生物学的(もしくは医学的)な有機的集合体としての見方だけではなく、多数の関数の集合体であるという数学的な見方もできるんです。

 今の会社に入社して、プログラムを学んだ時からずっとこのことが頭にありました。思い浮かんだ時は「人類関数化プロジェクトを立ち上げて世に名を残してやる!」なんて、勝手に盛り上がっていましたっけ…(遠い目)。でもこれが自分だけの視点ではないと気づいたのは、たとえば映画“Matrix”で描かれていた世界。あれも、人間の脳に見せている“仮想の人間”というのは、プログラムの一つ、つまり関数の集合体でしたよね。

 複雑に思えるこれら人間の関数を一つ一つ解きほぐしていけば、最終的に“人間の思考”を人の手で作ることができるはずなんです。“快”の判断基準を変えてやれば様々な性格が作れます。

 遺伝子工学は神の領域だとよくいわれますが、人間の関数化を追求する数学者も同じ可能性を秘めていると思いませんか?

 今まで気軽にExcelなどで“関数”なんて言葉を気軽に使ってこられたと思いますが、明日からは少し、その深みに思いを馳せてみてはいかがでしょうか…。

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Comments

ご紹介までしていただき、本当にありがとうございます^^

人間の関数化、とても興味深いものがありますね。
「快」の部分で判断基準の調整が出来るようになるまでに、どのくらいの年月が必要なのか、それに至るまでのセンサー部の調整も、まだまだ時間がかかることと思いますが、それでも不可能ではない、というところまで来ているように思います。
あとは、この技術をどういった形に応用していくのか。
それも併せて研究していくことが重要なのでしょうね^^

Posted by: ★TAK | 2005.04.10 at 04:03 PM

興味深く拝読しました。

ただ、AIと言われるものと、実際の「感情」と言われるものの間には、もう一段階革新的なアイデア、またはテクノロジー、そういったものが必要かと考えています。言うなれば、そうした関数の内部を「認知情報に合わせて、動的にマッピング」する技術です。人間の思考と言うのは、引数1を入れれば、2が帰る事もあれば、10が帰る事もある。この部分の鍵を握るのが、脳ミソの中の「認知に関するマトリックスの構築」ですね。つまり、「林檎」という言葉から連想されるのが、果物の林檎なのか、Macなのか、または椎名林檎なのか、有る人は故郷を連想するかもしれません。こうした部分と言うのは、外的な要因だけでは決定づけられない部分です。ここは人それぞれ違いますし、連想として出て来る順番や、その言葉の持つ「音」や「視覚」「味覚」「過去の記憶」etc...と言った部分での連鎖もあり得ますね。この部分が加味されて出て来る「戻値としての行動」なら、「感情」と呼べるものに近い結果が得られるかもしれません。

こんな風に考えてみると、人間の脳みそは極めてハイテクにできていますね(^^;)

Posted by: Algernon | 2005.04.10 at 07:37 PM

そして・・・・
Solid Inspirationさまの関数は
愛妻がいない→寂しい
かしら・・・

Posted by: 冬薔薇 | 2005.04.10 at 09:36 PM

>★TAK様
 こちらこそ、面白いエントリーをありがとうございました。とかく日本はハードウェア志向のきらいがありますが、ソフトウェアにもっと注力できる環境や考えが必要ですよね。

>Algernon様
 拙文にお付き合いいただき恐縮です…。私の至らぬところをフォローしていただきありがとうございました。
 ご指摘の通り、脳のスゴさに驚かされるばかりです。脳のアルゴリズムの解明って、科学にまた大きなパラダイムシフトを起こしそうな気がします。同時に、人間そのものの存在意義が問われるかも…。

>冬薔薇様
 エヘ(笑)。
 無事に帰ってきてくれてホっとしています…。

Posted by: Solid Inspiration | 2005.04.11 at 11:10 AM

僕らの業界では、生命活動は化学反応の集積と言う考え方です。

それぞれの素反応がお互い複雑な相互作用をし合ってていろいろなバラエティーを作っている。そこには「快・不快」に依る取捨選択はありませんが、その生命を維持する方向に、もしそれが無理なら子孫を作る方向に反応が進んでいく。

これらの反応を触媒するのが酵素であり、酵素の実態はタンパク質。そしてタンパク質の設計図が遺伝子と言うことです。

今はバイオインフォマティックと言う学問で情報工学と分子生物学の融合が始まってますね。

Posted by: さのし | 2005.04.12 at 08:03 PM

>さのし様
 ありがとうございます!本格的な用語が並んで、既に汗タラタラです(汗)!

 コメントを拝見する限り、生命活動と呼ばれている各種反応は手続き(プロシージャ)が組まれた関数(ファンクション)、すなわちプログラムなんだなぁと思われました。

 私のエントリーは"思考"を主眼においたので、何となく判断基準を"快・不快"と位置づけましたが、思考も生体反応の一種と考えていけば「生命を維持する方向に、もしそれが無理なら子孫を作る方向に反応が進んでいく」という"生命活動の化学反応"とも考えられるんですよね?

 素人考えで、よく分かっていないと思いますが(苦笑)、ワクワクさせられます。大変参考になりました。ありがとうございました。

Posted by: Solid Inspiration | 2005.04.12 at 08:28 PM

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